双極性障害・ASD・ADHD

生活上の双極性障害への工夫について

性格なのか、病気なのか、どっちかわからない

病院に行ってきました。

双極性障害発達障害を患っているのですが、何が素の自分かわからないのです。

 

今回相談したのは

  • 勉強を教えてもらうとキレてしまう、パートナーをやっかんでしまう
  • 千円の物を多数買ってしまう、悩まずに高額の商品を買ってしまう

ことの二つを相談しました。

 

繰り返し勉強をするのが楽しいか聞かれたんですが、別に楽しくはないです。でも、しないといけないことだと思っていて、毎日しています。

本来は、楽しいからするみたいで……。

でも、楽しくないんですよね。楽しくないならしなかったらいいと言われたんですが、それだと自分がダメになるような気がします……。

 

パートナーは勉強が好きなうえに得意なので、そういうことに劣等感を感じます。彼はできないことが少ない。細かいことではできないことが多いけど、人生で大事なこととか、お金を稼ぐ能力とかは高い。

「劣っていると思って過ごせばいいんじゃない?自分より優れた人と一緒にいるほうがいいじゃない。自分より劣った人としか付き合わないのはやばいよ。勝ち負けで考えているのは性格だよね」

と言われたのでそれはそうかと思ったんですが、なかなか「自分は劣っている」と思って生活できなくないですか?

そもそも、私は何かを楽しいと思ってやっているんだろうか、と思うんです。

ブログを書くのは楽しいのかな……。わからないなー。楽しいって何だろうね。

昨日イチゴ狩りに行ったのは楽しかった!!!

ので、楽しいという感情はあるみたいだ。

心理士さんによると、楽しいという感情は、強い感情だから楽しかったら覚えているはずと言われました。

最近は病状が落ち着いているので診察時間も長くとってもらっているものの、人生相談みたいな感じです。

 

 

千円の物を買うのは多動、高額なものを迷わず買うのは、躁、勝ち負けにこだわるのは性格と言われましたが、そんなものなんだろうか。

今焦点を当てられてるのはASDというよりもADHDのほうで、そういえば、この前も鍋の火をつけっぱなしにして忘れていたので、命にかかわるのはADHDのほうなのかも。

悩まないっていうのは、躁だなーと思います。自分でも。

今は躁じゃなくて鬱なんだと思います。動けてるけれども毎日十時間は寝ているので、鬱気味。それでも買い物はしたいからどうなんだろう。この前狙っていたコートは売り切れてしまって、今でも悲しい。

「何でもは買えないものだ」と言われました。

何でも買いたいんだよね。

「でも、そうすると家の中がガラクタだらけになるでしょう。ガラクタに囲まれて生活すると不衛生だし、落ち着かないよ。断捨離したほうがいいですね」と言われました。

というわけで、今日はいらないコスメを捨てました。こまごまとしたものでも積み重なるとけっこうな量になります。

 

気に入ったコスメを取っておく習性があります。もったいないと思っちゃって、そして、古くなって劣化してしまいました。悲しい……。

コスメの消費期限は数か月らしいんですけど、そんなに使いきれない。

使える量をそれぞれ一つだけ買ったほうがいいんでしょうね。

 

この間、上司に「おっとりしている」と人に紹介されたんですが、自分ではおっとりしていると思えないのです。

子供のころははきはきしていたような気がするし、怖いもの知らずだった気がしますけれど、大人になった今は、怖いものはあるし、はきはきもしていないです。今は攻撃的じゃないと思います(たぶん)。

 

躁状態でガンガン行っていると、局地的にへんなカリスマ性みたいなのが出ちゃって、人の人生も自分の人生も狂わせがちなので、そこはコントロールしたいなと思います。

 

 

 この前手術したので、まだ疲れています。大したことのない手術でも、麻酔をして切ったり縫ったりすると、体にダメージが残って、傷以外にも体がだるいなと思います。

そのせいで、鬱気味なのもあると思います。